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メタボルマン

06
2017  22:19:30

GW暇な友達に会いに行こうツーリング その3

○3日目。朝6時に起床。疲れて眠ってしまった私の横で友人は酒を飲んでいた様子。大体ホタルイカとカタカナの変な名前の魚を食ったあたりから何も覚えてません(ギザザ?ギギミ?)。

○たぶん金も払ってくれたんでしょうが、ここは黙ってごちそうさまです。後日サクランボでも送るか、と心に決めながら「ところで帰り際、富山で見とけって場所あるか?」「お前結構富山まわっとるからなあ・・・そうやなあ・・・そうだ!」「なんや?」「この近くにあるで。船が来ると橋がクルッとまわる港があるんよ。そこ行っとけ!」・・・ごめん、多分行きません。

○友人に別れを告げ、非常用食料を受け取りTRとともに帰路につきます。しかし、結局解決できなかった「なぜ新潟は富山と疎遠なの?」の答えのカギ、上越には普通高速や、下道はグネグネでよういかん、がポイントと考えます。すると・・・あそこか、もしかして!

○来る時糸魚川市のあたりで標識がありました。「ここより天下の険。安全運転で」と。天下の険、通行が困難な箇所。これが越後と越中間の交通の妨げとなり疎遠になったとすれば・・・8号線のトンネル地帯、つまりあそこです。

砥の如く矢の如し
(砥の如く矢の如し。1883年、親不知の新道開削に感動した男が彫った石筆)

○北陸道最大の難所。「おやしらず」と読みます。8号線沿いにビジターセンターがあります。ここから明治新道を歩けます。それ以前の北陸道はというと

旧北陸道
(あれっス)

○降りてみます。

旧北陸道2
(これっス)

○全体図は・・・

旧北陸道3
(こんなんっス)

旧北陸道4

○「親は子を見ることも出来ない。子は親の顔を顧みることが出来ない大難所。」だから親不知子不知。岩にへばりついて次の浜に渡る。荒天の日は洞窟で夜を明かす。そして潮が引いたその時に一気に念仏を唱えながら突っ走る。ここは「落とした命 数知れず」といわれた天下の険。越後越中間の主要街道。昔人の苦労に頭が下がる思いです。疎遠を生み出す原因と考えて、大方当たりだろうと考えます。船の方が無難か、とも思いますが沖は越後の荒海です。どっちにしろ命がけです。

北陸本線トンネル
(旧北陸本線のトンネル)

旧北陸本線トンネル2
(中歩けます。懐中電灯も置いてありました。)

親不知の海岸

○旧北陸道に寝っ転がって考えます。こんな凪の穏やかな日もあれば、岩も削るような波頭が打ち寄せる日もある。現代人ならこんな道作ったら非難ゴウゴウでしょう。こんな道作った議員はやり玉、ブログは炎上・・・でも昔はこれしかなかった。だからみんな黙って通るしかなかった。ほんの150年前のことです。日本人はいつからこんなに弱くなったんだろう、こんな嫌らしくも愚図つく民族になったんだろう、と考えてしまいました。現在は「グネグネ国道」8号線が崖の上を隧道付きで走ります。またトンネルぶっ通しの高速もその横を貫いています。

能生のかに
(能生のカニ。2匹で800円。海岸でテトラを見ながら食します)

越後の海
(今日はべた凪。湖状態。見るには風流、釣りには不適)

佐渡を見る海
(荒海や 佐渡に横たう 天の川・・・快晴の海もいいですね!)

○この日は新潟市に泊まります。新潟市はいくたび街が大きくなってますね。日本海側最大の政令指定都市です。一方通行も多く、3KM離れたホテルに着くまで何度も行き来が必要でした。なんと40分!道幅は大きいんですが複雑です。ツーリングマップルだけじゃ辛いです。ナビが欲しい街です。急激に大きくなったんで「計画的都市開発が出来ない典型的な街」の造りとなってます。

○翌5月6日。早朝から雨の中、113号線経由で山形入りしたのが午前11:30分。往復795KM。給油回数6回。25リットルのガソリン消費でした。片道1,600円で富山往復は可能ですがダダ疲れします。

TR君、お疲れさまでした
(お疲れさまでした。よく走ってくれました)

○富山は久々でしたが、きれいで食べ物がおいしいですね。とくに立山連峰と富山湾のコントラストが最高です。友人に感謝。今後はGWを避けてのんびりゆっくり行きたいです。
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