メタボルマン

5年半のご訪問、ありがとうございました!

〇2015.9.6より書き出した「脱メタボ日誌」のメタボルマンも、はや5年半。今日ようやく「メタボ非該当」の検診結果をいただくことが出来ました。

〇まむちみもこれで「メタボルマン」でなくなりました。メタボ人生10年余。最盛期から10Kgほどの減量に成功しました。これもご訪問いただいた方の応援の賜物と、心より御礼申し上げます。

〇今後は新しいブログを作るか、ブログ名だけ変えるのか、しばらく筆を置くか思考中ですが、筆を置くとまたメタボになりそうなので、前者2案のどちらかで行きたいと思います。いずれにせよ「メタボルマン」でのブログの記事はこれで最後になります。

〇ご訪問いただいた皆様に幸多からんことを。またどこかでお会いしましょう!

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旧奥州街道を歩く 福島宿~桑折宿

〇1/17、旅の最終日、山形から新幹線に乗り福島に着きます。

〇この日は首都圏に緊急事態宣言が発令されます。第何波か知りませんが、コロナで東京が大変なことになっているようです。「人ごみに行くな。」と言っても東京は人ごみを避けることが難しい街です。私に出来ることは近づかないことぐらいです。

福島駅
(9:20 福島駅の構内です)

〇こんな光景は初めてです。誰もいない新幹線の待合スペース。厳密にいえば立ち食いそば屋と売店の人はいます。乗客0。「つばさ」も乗車率は1割以下でした。

〇奥羽本線と東北本線、国道4号線と13号線の分岐をもつ交通の要衝、福島市。県庁所在地でもあります。しかし今は郡山駅は停車しても福島駅はスルーする新幹線もあり、福島県の中心地が郡山市に移っている、という感じがします。

〇福島市は山形から近いため親近感があります。また、今は知りませんが30年ほど前は「東北大と山大の間の大学」として山形の文系の高校生に人気があったのが福島大学の経済学部でした。通称「フクケイ」です。就職がいいと人気がありました。

〇ちなみに高校に入るまで私は東大と山大しか大学を知りませんでした。山形市に一橋学院という予備校があったため、「一橋大学」は「予備校」だと思っていました。残りは「その他の大学」でひとくくりでした。「早稲田とか慶応って、東京のおしゃれな人とかモデルが入る金持ち学校だべ?1億ぐらい払うど合格でぎんだべが?ナンパすっだいなあ。美人だらけだべなあ。」・・・こんな感じでした。「東北大なてきーだごどねえ。東大が一番だべ?次が山大だべ?入らんねやづが東北大?仙台さあんだべが?ほだなごどより入試科目さ腕相撲勝ち抜き戦を入れるべきだと思うっす!文武両道だっす!」と先生に意見した私がいました。「若さゆえの馬鹿さ」は人間が成長する過程において、ある時期に一定量必要な場合がある、と今になれば思います。

〇脱線しすぎました。福島市を歩きます。

〇駅前通りを歩き少し行くと奥州街道福島宿です。

福島宿本陣付近
(9:53 福島宿本陣付近)

〇すぐ横に記念碑があります。

古関裕而生誕の地
(古関裕而 生誕の地の碑)

〇朝の連ドラのモデルの作曲家。この地の呉服屋のせがれだったそうです。私は見ていませんが、妻が見てた気がします。どおりで、福島駅の発着音が甲子園のテーマ曲だったんですね。多分あれを作ったのもこの人なんでしょう。

上浜町の奥州街道
(10:04 上浜町の奥州街道)

〇市内をひっそり貫く奥州街道。雰囲気あります。

〇しばらく歩くと

福島競馬場
(10:17 福島競馬場)

〇東北唯一のJRA。でかいです。敷地の端から端まで歩くのに10分かかりました。

〇少し行くと4号線に合流します。

福島市八島町
(10:32 八島の合流点)

〇すぐ旧道に入りしばらく歩きます。細めの道を車が往来しますがこれといった風情はありません。

瀬上宿
(12:12 瀬上宿本陣付近)

〇交通量が増えます。摺上川の渡しの宿跡です。ここで食べたラーメンが結構うまかったですね。たしか「黒丸」という名のお店だったと思います。知る人ぞ知るって感じで街道沿いにあります。大食漢は大盛が無難です。

伊達市城
(12:34 伊達市城付近)

〇摺上川を渡り伊達市に入ります。伊達家発祥の地です。しばらく街場を歩くとほどなく切れて

桑折入口
(13:08 桑折入口)

〇さらに歩くと

伊達朝宗墓所入口
(13:16 伊達朝宗墓所入口)

〇伊達家初代始祖の墓です。頼朝よりこの地を預かった伊達朝宗。後に稙宗、政宗と名君を生み、仙台62万石の太守として幕末を迎えます。ほとんどの治世で伊達家はここ伊達郡を本拠としています。特に伊達家最大の版図を築いた稙宗時代の梁川城は隆盛を極め、伊達政宗も大事の都度訪れた伊達家の聖地となっています。伊達市と伊達氏については当ブログに伊達市梁川の記事があります。

〇いよいよ旅も大詰めです。

桑折宿本陣
(13:26 桑折本陣付近)

〇旧伊達郡役所があり見つけやすい本陣跡です。

桑折の街並み
(13:29 桑折の街並み)

〇茶饅頭を売ってる店があり、1つくださいと言ったら「ひとつ?」と怪訝な顔をされました。ごめんなさい。2度と買いませんので許してね。バラ売りは嫌うみたいです。もっともお客は誰もおらず饅頭は余っていました。どうせ腐らすくらいなら少量でも売れば金になるのに、と私は思います。あんがいっぱいで甘い饅頭です。散歩の後にはたまらないうまさでした。お茶が入ってるのかな?それは感じませんでした。

桑折町追分
(13:44 追分 右が奥州街道 左が羽州街道です)

〇羽州街道との分岐で散歩は終了です。ここから先の羽州街道について興味がある方は当ブログの羽州街道を行く楢下~桑折をご覧ください。(あちらは楢下宿までバイクで走り抜けちゃってますが・・・)

〇さて時間もあったんで

桑折駅前に戻る
(桑折駅に戻って)

〇次回の予告編を電車で見てみました。

越河駅
(越河駅です)

〇山深い峠です。福島宮城県境の峠の宿場です。かなり寂しいところです。

〇散歩時間は約5時間、20KMと少しくらいでしょうか。風情はまあまあですね。良くも悪くもなく旧道を味わえます。

〇緊急事態宣言が発令されました。散歩もしばらくお休みです。次回は2/8以降活動予定です。


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旧奥州街道を歩く 一関宿~平泉

〇1/16、盛岡から新幹線で一関駅へ移動します。

一関駅
(8:44 一関駅です)

〇少し歩いて
一関市大町の奥州街道
(奥州街道に出ます)

一関市地主町
(8:58 地主町付近)

〇こじんまりしていかにも旧街道沿いの商店街という雰囲気を醸し出しています。

磐井橋の下
(9:09 磐井橋下の芭蕉の碑)

〇橋から先はツルンコ道路がはじまります。

一関宿本陣付近
(9:13 一関宿本陣付近)

〇駅から歩いて30分くらいの場所にあります。山目宿目指して北上しますが、あまりのツルツル路面のため進路変更。一路ホームセンターを目指します。

長靴用装着スパイク
(9:40 アイススパイクをゲット)

長靴にスパイク装着
(ダンロップのゴム長に装着)

〇雪面に突き刺さるグリップは強力。グイグイ前に進みます。

〇ホームセンターから出ると献血の広告車がちょうど目の前を大音量スピーカーで走り抜けました。「たまにいいことしなきゃ。」と血を献上することに。

一関で献血
(10:42 400CC抜いてもらいました。10KMくらいで散歩はやめて、と言われました)

〇ドンキホーテでアイスクリームを頬張り、コーヒーを飲んで時間をつぶします。「さて、そろそろいいかな。」再開します。

山目宿
(11:37 山目宿本陣を通過)

平泉町
(11:42 平泉町へ)

〇汗だくなので雪の上に装備を下ろし、Tシャツ姿で裸足になって涼みます。行き交う車の人がこちらを見ていました。氷点下の真冬日にTシャツ姿で雪の上に寝転んでタバコ吸ってる人がいたら「あいつ、大丈夫か?」って思うんでしょうが、防寒装備で10KMも歩くとこうなります。冬の散歩は体温調整が難しく、その上に足がとても蒸れます。こうして3時間に10分くらいは寒風リセットして下着と靴下を着替えないと風邪をひきますし、足に豆をたくさんこさえてしまいます。

キッチンONO
(12:32 平泉自動車学校の食堂 キッチンONO)

〇普通の食堂かと思いきや自動車学校の食堂でした。500円払えば一般人も定食をいただけます(もっとも私以外はみな教習生でしたが)。ランチ定食はご飯(大盛無料)、サラダにメインのおかず、その他小鉢2皿に〆のコーヒー付きと大変リーズナブルです。若い子がたくさんいる中で食べますので、元気ももらえる気がします。安く旅飯を上げたい方におすすめです。

平泉の祇園
(12:59 平泉の祇園)

〇このブログでも平泉町は紹介していますが、奥州藤原氏が京文化に憧れ模倣した街です。地名もおしゃれ。京都の祇園とは似ても似つかぬ風景ですが、もしかしたらかつては「はんなり」していたところなのかもしれません。

〇しばらく歩くと大きな跨線橋がありました。お母さんが自転車を引っ張ってますが、雪に足をとられ進むに進めません。そこで私が押すことにしました。「いいの?ほんとに?」「私はずっと旅先で地元の皆さんに親切にしてもらってきました。たまに恩返ししないと。」下に着くとお母さんが私に買い物袋からロールケーキを差し出します。いらないと断ったんですが「いいからもらっといて。助かったわ。」

旅の駄賃
(13:24 駄賃をいただく)

〇こんなに雪が降ることも普段はないそうです。スーパー行くのに跨線橋を渡るのは街中にないからですね。世界遺産に登録されると景観を損なう建物は郊外部に締め出されます。スーパーも遠くなり、地元の人も生活するのにちょっと難儀しているのかもしれません。

〇平泉駅に着くとあと2分で電車が入りますんで、と教えられ、ダッシュで東北本線の上りホームに走ります。仙台にニューベースキャンプができましたので、荷物をいったんここで整理しました。今後とも仙台だったらタダ泊まりできるんですが、この日はさすがに妻が待つ山形に帰りました。「ちょっと!いつまでほっつき歩いてんのよ!」とドツかれそうなんで、一度戻って機嫌を取ることにしました。

〇お散歩時間は約5時間。9KMくらい歩きました。

〇道幅もいい感じに狭く、旧道風情が味わえます。時間があるときは平泉の各観光施設を見学するといいと思います。中尊寺の月見坂や毛越寺跡、義経堂なんかが平泉を感じるスポットです。


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旧奥州街道を歩く 青森宿~油川宿(途中で断念)

〇1/15は仙台から新青森まで新幹線「はやぶさ」でひとっとびです。恐るべし大人の休日くらぶパス。鈍行1駅で青森駅に着きました。

青森駅前
(10:22 青森駅に到着です)

〇仙台で同乗した方の多くはビジネスシューズや普通のシューズを履いていました。「なめすぎでしょ・・・」と思いました。やはり予想通りの展開になりました。青森に着いたとたん路面はカツカツの圧雪です。ツルツル路面をみんなこけそうになりながらソロリソロリと歩きます。

〇アーケードを歩き青森宿を目指します。


青森中心部付近
(10:42 青森中心部)

〇タオルバンダナをひっかけラーメン屋を開けるおやっさんや露店で青果を売るホッカムリのおばちゃん。青森らしい風景です。

青森宿本陣付近
(10:57 青森本陣付近?)

〇このへんなんだけど・・・何の目印もありません。青森本陣跡は「魔法使いマジックバー」というお店、と勝手に決めました。ここから油川宿を目指し、駅方面に戻ります。


青森アーケード その2

〇アーケードの歩道にはおそらくロードヒーティング装置が埋まっています。それでも歩道に圧雪が残ってます。しかもカチカチ。ツルツル滑りました。つまり吹雪でアーケード内に雪が大量に舞い込み、寒くて解けずに固まったんだと思います一見雪が少なく住みやすそうですが、実際はそんなに甘くない街だと思います。

〇ポリカーボネートのスコップで除雪されてる方が多かったです。粉雪が多いんだと思います。軽くて除雪しやすいんですが、それだけ寒いお土地柄、ということです。

青森の陸橋
(11:17 跨線橋)

〇奥州街道は跨線橋になってます。そこから眺めると

跨線橋から見る青森駅
(青森駅です)

〇終着駅って感じです。大きいけどちょっと寂しい感じがします。

油川への道
(11:24 新町)

〇いよいよ油川への入口ですが、この歩道がすごいです。まともに歩けません。青森市民がすべる。私もすべる。みんなペンギン状態。ジャージを着たおじさんが尻もちをつく横でおばさんが前につんのめります。ツルンコ道路です。

沖館
(11:58 沖館)

〇1.2KMの道のりを30分。時速2.4KM。これでは油川につくのは夕方では?電車なくなるんじゃないのか?ホイルスピンする車のタイヤ音を聞きながらツルンコ路面をいくうちに、私には珍しく「撤収」の判断を下しました。青森駅に戻ります。

青森駅西口
(12:33 青森駅西口)

〇さらば青森。奥羽本線の特急1駅。新青森駅で新幹線に乗り換えます。

八戸駅前
(13:54 新八戸駅前)

〇食堂でから揚げ定食を食べていると、おかみさんがカボチャと卵の煮つけを持ってきてくれました。「郷土料理なんだ。はじめでだが?」「うまいっす!」クリーミーで実においしい。じゃあ八戸探索を、と歩いて5分、ツルンコ攻撃再来です。この日はもうだめでした。どこも凍結アイスバーン。沿線の十和田も二戸も道路がテカテカに輝いていました。長靴も効かない氷結に完敗です。盛岡の宿に早めに入ります。

〇散歩距離は6KMそこら。冬の青森は散歩には不適です。寒すぎました。盛岡市も歩道がスケートリンク。みなさん「キャー!」とか「ワ~!」とか。この日は冷えたみたいです。


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踏瀬宿~矢吹宿

〇踏瀬宿から1つ北の大和久宿に至る旧道沿いに松並木があります。明治の頃植林されたそうです。

踏瀬長峰
(15:10 踏瀬長峰)

五本松
(15:13 五本松)

〇茶屋の井戸跡などもあります。街道風情が残ります。

富士見峠の関門跡
(15:22 富士見峠の関門跡)

〇戊辰の激戦地。水沢藩や仙台藩が2か月立て籠った後陥落したそうです。

〇七曲りを下りて

大和久宿
(15:31 大和久宿)

〇宿場にはだいたいすぐそばに小山があり神社とかあるんですが、住民が災害の時などに登って難を避けるには最適です。

中畑新田宿
(15:54 中畑新田宿)

〇だいぶ寒くなってきました。そろそろ打ち切りです。

矢吹宿
(16:16 矢吹宿)

〇小さな四辻が本陣付近。

矢吹駅前
(16:20 矢吹駅前。JRで仙台に戻ります)

〇仙台藩が撤退時放火し1度は焦土化した宿場ですが、この日の道中では白河市を除けば一番大きな街でした。

〇この日の散歩距離は諸々の移動を含め32.2KM。散歩時間4時間12分。またもや白河ラーメンを逃してしまいました。防寒しすぎたのか真冬なのに汗だくとなりました。陽が落ちるのが早いといつもより早いペースで歩いてしまいます。

〇起伏はそこそこあるのですが険しさはなく歩きやすいルートです。白河を出ると矢吹まで飲食店はありません。同様にトイレも白河を出ると矢吹までの間は大和久宿の公園に1つあるだけです。国道4号線と重なる部分はほとんどないのですが、ジモティ車がそれなりに走ってます。特に五本松付近はトラックが結構行き交います。ご注意を。

〇歴史を感じるいい道だと思います。


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