メタボルマン

旧東海道を歩く 日本橋~品川宿

〇いつもの「突然休日言い渡し」により3日間のお休みをいただいた私。そこでお散歩男の夢、旧東海道をブラブラいこうと思い立ち、今帰ってきたところです。

〇きわめてチープな私は「夜行バス」で東京を目指します。いやーきついですね。新幹線の半額で行けるんですが疲れます。しかもその晩は出発直前まで飲んでましたのでゲロゲロでした。体育会のOB会の宴会直後の夜行バスは拷問です。

〇二日酔いで東京駅着午前5時30分。ふらふらしながら写真を撮ります。

早朝の東京駅
(早朝の東京駅。浮浪者をよけながらフラフラ。トイレでゲーゲー)

〇自販機でお茶を買い込み、がぶ飲みしながら酩酊状態で日本橋へ。1升近く飲んだ日本酒。さっそく帽子を紛失してました。寒さが身に沁みます。ホント馬鹿ですね、私。

〇今回の虎の巻をゴソゴソ。ありました。

ちゃんと歩ける東海道 東
(これすごく便利でした。東海道を歩けます)

〇日本橋、日本橋と・・・酔いも気持ち悪さに代わり、トイレを見つけながら歩くこと15分。

日本橋
(立派な橋だねえ、と思ったら)

日本橋3
(なんだ、これ)

〇周りを見ます。おお、と私は感動します。ここはもしかして

日本橋2
(日本橋じゃないの?)

日本橋5

日本橋6

〇酔いがさめてきます。散歩好きの聖地、日本橋。東海道、中山道、甲州街道、奥州街道、そして日光街道。五大街道の起点にして日本国道第1号線の起点、日本橋。「すべての道は日本橋に通ず」、ここからすべてがはじまり、ここですべてが終わる道の永遠の起点、日本橋。まさに・・・聖地です。酔ってる場合ではありません。寒空の中、20分ほどそこにたたずみます。万感の思い、というより酔い覚ましが本当の理由だったとしても、しばらくたたずんでいました。

日本橋4
(早朝の日本橋。一見の価値ありです)

広重 日本橋
(広重の五十三次。昔はこんな感じだったみたい。こういう画像を無料で提供してくれる会社があるのはありがたいです)

日本橋7
(さあて、行きますか)

〇いよいよ東海道を歩きはじめます。三越を過ぎ、銀座を抜け、自分の酒臭さがわかる時分になったのが午前7時。体もお目覚めのようです。

高輪大木戸跡
(江戸の城下町もここでさようなら、の高輪大木戸跡を抜けます)

〇国道15号線とほぼ重なる旧東海道。街がきれません。田舎者の私には最高の散歩です。難点は、喫煙禁止区間が続くこと、トイレがないこと、そして、ベンチがないことです。これはずっとその後も続きます。厄介です。特に感じたのは大気汚染度の高さ。「山形の空気はうまい」と思った自分がいます。慣れればなんてことないんでしょうが、体には喫煙以上に効きそうです。

品川宿遠望
(ここらへんが広重が描いたあたりっぽいです。江戸を出て1つ目の宿場町です)

〇品川宿近くまで到着です。結構距離はありますが、見たことがない都会の街が続くので新鮮で気持ち良かったです。歩きやすい、いい道です。


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旧東海道を歩く 品川宿~川崎宿

〇品川宿につくと、商店街がとていい味出してます。おすすめ散歩道です。

品川の商店街
(こんな感じでずっと続きます)

広重 品川
(海は見えません)

〇私は「なんで自分はレトロな街が好きか」、と考えたことがあるんですが、「失われた故郷の息吹を感じたい」からなんだと思います。山形市は昭和の末期まではコチャコチャしたレトロな街でした。それこそこのごろやっと見た、アニメの「おもひでぽろぽろ」の街並みだった、と思います。あれはかなりリアルに当時の山形の街を描写しています。

〇私が過ごした少年時代の山形市。山形駅から電車が出れば駅員が手動で掲示板に長柄の鉄棒を突っ込んでパタパタパタ、と次に来る電車を表示させてました。乗り場には特急や急行の乗り口を示す小さなブリキ板がところ狭しとぶら下がっていました。駅裏のバラックの汚い外壁をむき出しにしたトーソーの工場。城南ガード下の180円で食えた小さな焼きそば屋。駅横にずらりと並ぶ一杯飲み屋。小辻だらけの道端で看板もあげない謎の店。駅前通りで露店で野菜売りする農家のおばちゃん。「石炭」とか「シネマ」といったレトロな看板。商店街入口のアーチ型の電光看板と古錆びたアーケード。そんなものを下ろしもしないで営業を続ける商店街。私の知っている山形市はそんな街でした。

〇平成4年に国体がくる、と決まってから、「山形市の街並みは見苦しい」と考えた行政が再開発と称する街づくりをはじめました。道を変え、拡張し、家を壊し、工場を潰し、そこにあった懐かしい街並みも全て壊しました。私の家族も旧市街から市内郊外部に引っ越しました。生家は更地になり、その後ビルが建ち、あたりは閑静な文教地区に変わりました。

〇私には今の山形市は味気ない街に感じます。ごちゃごちゃした小辻。バリバリの山形弁。「口は悪いが人がいい」山形っ子が住む街。それが私の知っている故郷、山形市です。昭和の息吹を感じる街を歩くのが好きな理由はここにあるような気がします。私は高校卒業とともに山形市を後にしました。40過ぎて再びここを根城とするまで、一度も郷愁を感じたことがなかったのは、たぶん私が知っている故郷がここになかったからかもしれません。「おもひでぽろぽろ」のアニメの中にだけ、私の故郷は存在します。

品川宿の標識
(次は川崎です)

〇ここからの道のりもずっと街が切れません。東京ってすごいです。

多摩川
(多摩川を渡って)

川崎市に入る
(神奈川県川崎市に入ります)

広重 川崎
(昔は橋がなかったみたいです)

川崎宿
(川崎宿到着です)

〇2,980円の安靴。早くもマメが出来ました。靴はいいのを履くに越したことがないようです。びっこぎみに歩くことしばらく行くと

生麦事件の碑
(生麦事件の碑。薩英戦争の発端になったんだそうです)

〇島津久光一行がイギリス人を斬りつけ、うち1名死亡。歴史を感じます。足を引きづり進むも新子安駅で切り上げます。

〇1日の散歩距離31.8KM。所要時間9時間46分。高低差131m。消費カロリー2,581KCAL。夜は鎌倉の友人宅で迎え酒。肝臓がやばそうな1日目でした。ウォーキングシューズはまともなものを、これ今回の教訓です。


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旧東海道を歩く 川崎宿~戸塚宿

〇2日目の東海道散歩。起きると足がバキバキ、足マメがヅキヅキ。アルコールが抜けてる分、痛みを存分に味わいます。

〇律儀にJR新子安駅まで戻った私は、昨日の道程から東海道を西上します。

神奈川宿
(神奈川宿付近を通過)

広重 神奈川
(この辺も随分埋め立てたようです)

〇かなりマメがきています。東海道ブックによれば「足がふやけるとあっという間にダメージ」だそうで、私の靴はビニール製のスノートレー、まさにムレムレシューズ、ダメの典型です。マメ対策については「どんどん歩いてつぶして街道ウォークバージョン足にしよう!」とかなり体育会系な回答がのっています。体育会は飲み会だけで充分と考える私は、「いたいー」と結構ヨワ助です。

〇ついに自己流治療を行います。

足マメ治療グッズ
(せっかく横浜にきたんで高級メリケン針を買いました)

〇針先をジッポライターで焼き消毒します。そして足マメに向かってぐさりと刺します。水がドバドバ出てきたら搾り上げ、さらに残った水があれば別箇所からグサリ。最後はメンソレータムを刷り込みます。

〇「ぎゃああ!」「いでえー!」針を突き刺す激痛と、メンタムを塗った後のヅキヅキした鈍痛。痛みのハーモニーが頭の中で踊ります。

〇保土ヶ谷に入って再び溜まりはじめた水分を含んだマメにグサリ、ヌリヌリ。映画の「ランボー状態」でした。登山用ポールを伸ばしてびっこひき歩きがはじまります。

松原商店街
(妙に活気のある松原商店街を抜けます。露店がすごくいい雰囲気です。なくした帽子とネックウォーマーを入手します)

〇昔このあたりが松林に囲まれた海岸だったそうです。今は海すら見えません。

〇しばらく行くと

保土ヶ谷宿帷子橋
(江戸から4つ目の宿場、保土ヶ谷宿帷子橋公園です)

広重 保土ヶ谷
(帷子川という川が流れていたようです)

〇ここから権太坂を越えて一気に戸塚に入ります。細い道を伝う難解なルートです。虎の巻必携です。

戸塚への道しるべ
(たまにある道しるべ。たまにしかありません)

戸塚吉田大橋
(戸塚吉田大橋)

広重 戸塚
(江戸から5番目の宿場。今も橋のたもとに酒屋さんがあります。この絵のお店と同じかはわかりません)

〇比べて見ると分かりますが、昔の面影は微塵もありません。都会です、ずっと東京から。

戸塚駅
(戸塚駅で2日目は終了です)

〇1,500円もする高級ジェル状シューズソールを入手。それを靴に敷いて履いてみると・・・なんと足の痛みが半減しました。そして次の日にはマメがかなり治っていました。ひざの痛みも引いていました。シューズのソール部分ってすごく大事みたいです。ちなみに私の安靴、確認してみると、シューズゴム土台の上に紙みたいな薄さのソールが貼られてただけでした。手で触ると土台のゴムの枠取りが分かるくらい薄いやつです。これでは足がやられて当たり前です。「クリフハンガー」なんてかっこいい名前のシューズなんですが・・・安靴買ったら高めのソールをいれるといいみたいです。

〇2日目のお散歩距離18.8KM、お散歩時間7時間2分。高低差105m。消費カロリー1,782KCAL。日本橋から50KMくらいあり、私は2日かかりました。昔の人は1日で着いたみたいです。足腰強いですね。

〇鎌倉の友人宅に戻り、とりあえず今回の東海道歩きはここまでとしました。機会があれば、ここから先も西に歩いてみたいです。

〇道路は100%舗装です。暖かい関東地方を歩きます。高低差もなくほとんどなく、快適な散歩コースだと思います。


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旧東海道を歩く 戸塚宿~大磯宿

〇休暇をもらって東海道を散歩です。この間ゴールした戸塚から大磯まで歩いてみました。

〇山形から東京に出るのに新幹線は高いので、夜行バスを利用します。

〇東京駅から東海道線で戸塚駅に。都会は電車も早い時間から走っているので便利です。

早朝の戸塚駅
(早朝の戸塚駅前からスタートします)

〇ほぼほぼ国道1号線になります。西に向かってテクテクいくと、遊行寺坂という坂を下りて藤沢市に入ったのが8時ころです。

〇せっかくなんで見てみます。

遊行寺
(時宗の総本山だそうです)

一遍上人像
(一遍さんです)

〇踊念仏。踊って悟って遊んで行する、という意味なんでしょうか。変わった僧ですが、私は面白い人だと思います、一遍さん。

07 藤沢

遊行寺橋
(現代の遊行寺橋です)

藤沢の旧東海道

〇なんとなく風情を残しますが、インパクトはありません。

〇ここからは県道44号線が旧東海道。大山道との追分から1号線に戻ります。ひたすら西に歩くと

茅ヶ崎市に入る
(どうしても「サザンの街」、というイメージで見てしまう茅ヶ崎。はじめてきました)

〇年配のおじさん、みないい体してます。Tシャツにサーフパンツ。ボディーボードをママチャリに括り付け海に向かって走っていきます。若い若い。オジーちゃんがソフトモヒカンに茶髪でZ系のマルチにまたがっています。いい音してます。バイク屋多い多い。若いお兄ちゃんなんか上半身裸で彼女と海に行っちゃってます。かっこいいですね、茅ヶ崎。湘南ってこういうふうなんだ、と思います。

〇この辺のバイクは老いも若きもやっぱり4発。風景にも似合います。私もこの辺に住んだら自然とニューZとか買いそうです。

茅ヶ崎の松並木
(茅ヶ崎の松並木)

〇と、ふと標識を見ると

寒川の看板
(おお、寒川)

〇山形県寒河江市。その地名は相模国寒川の移民が故郷を懐かしみ、つけた名前。寒河江市民の先祖はここからきてたんですね!こっちの方がずっと明るくていいところだと思うのですが、なにがしかの事情があり、はるばる山形まで移り住んだ一団が昔々いたわけです。歴史っておもしろいですね。寒河江の人も実はサーフィンが好きだったり、バイクを見ると燃えるのかもしれません。

相模川
(相模川で休憩したら)

〇平塚に入ります。

08平塚
(日本橋から8つ目の宿ですが)

〇浮世絵と全く風景が変わっています。

平塚の江戸見附
(江戸見附の復元があります)

〇このあたりで1番の街ではないのでしょうか。にぎやかです。本日のお宿をとり、大磯まで歩きます。

炎天下の平塚
(炎天下に高麗山を見ながら西へ西へ)

大磯の松並木
(大磯到着です)

09大磯
(昔はこんな感じ)

〇戸塚から藤沢が8KM、そこから平塚が13.3KM、大磯が4KMなんで、ざっと25KMというところでしょうか。買い物したり街中をぶらぶら、も含めて30KMくらいです。結構充実する散歩になります。国道1号線が主になりますが、歩きやすく平坦な道です。朝6:30から歩いて、食事2回、お宿についたのが15:00ちょいすぎでした。誰でも歩けるおすすめコースです。


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旧東海道を歩く 大磯宿~小田原宿

〇今回の旅行ではじめて持っていき大変重宝したもの、それは

コンパクトチェア その1
(これです)

〇コンパクトチェア。ものの5秒で、パチッと完成。

〇と、書いてる間に地震がきました。結構大きい地震でした。山形沖とは珍しいですね。平安の出羽群発地震以来超大型の沖地震が1,000年近くないお土地柄です。

〇さて、脱線しました。このホームセンターで数百円の代物がホッと一息の癒しの時間を作ってくれました。

〇大磯宿を7:30に出発します。

相模湾と伊豆大島
(相模湾と伊豆大島)

〇ここ住みたい、と思いました。

小田原方面を望む
(キス釣り?小田原、伊豆方面です)

〇今日はあの小さく見える小田原を目指します。

〇大磯から小田原は、ほぼ1号線を行きますが

1号線と旧東海道
(左に1号線、右に旧東海道)

〇こんなところもあり、面白いものだ、と思います。

小田原への道
(ところどころに残る松並木)

国府津付近
(相模の国府って横浜あたりじゃなく、小田原あたりだった、とはじめて知った私です。国府津付近)

湾岸高速
(湾岸を走る高速道路)

〇東海道という日本の大動脈。沿線上の都市はその恩恵をあずかる代償に、美しい自然景観を失います。複雑です。

酒匂川
(酒匂川の渡し付近です)

10小田原
(昔は橋がなかった江戸の防衛線)

〇大磯から18KMくらいでしょうか。小田原宿到着です。関東平野もここで終わりで、山塊が行く手を阻む地形です。

小田原宿本陣付近

〇せっかく来たんで小田原城を見ます。

小田原城
(鉄筋コンクリートの堅城です)

〇本物が残っていたらさぞかし素晴らしいお城だったろう、と思います。関八州の覇者、後北条氏の居城跡です。

〇大磯宿から小田原宿は16.5KM。1カ所、道を誤って23Kmくらいの散歩でした。朝早く出れば午後2時ころには終わります。

〇次はいよいよ、東海道のクライマックス、箱根八里です。日を改めてチャレンジしようと思います。

〇蛇足です。ここ2日歩いて思うんですが、神奈川の若い女の子、きれいで元気な子が多いですね。ある程度の年齢の女性も皆さん美しい。相模湾のように美しく感じました。男性も、どことなくあか抜けていて、若い方はもちろん、年配の方もかっこいい方が多いです。見た目も中身も若い。昔「湘南ボーイ」とか「横浜ガール」とか言われた名残を感じる方が多いです。うらやましい限りです。私も、しばらく歩き続けることにします。これだけ歩いても・・・なぜか太ってしまった私です。


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