メタボルマン

交通事故から、しったかぶりの仕組み、そしてなぜか日本の農業について考えてみた

○最近バスが転落したり交通事故が怖くなってきてますね。知り合いもこの間もらい事故に会いました。信号無視の暴走車に車のフロントをぶつけられ目茶目茶にされ、ぶつけた車は勢い余って電柱に衝突。それも市内の狭い小路だったそうです。しかも相手はヤンキーのお兄さんの車かと思いきや、若い女性とのことでした。そして事故った後謝り1つなく、何考えてんだか分からない、ようやくその家族が見舞いに来たら来たで「電柱代を払う必要がなくて安心した。」とぶつけた電柱の話ばかりしていたそうです。笑い話のようですが実話です。しかもぶつけられた車は新車でした。ぶつけられた知り合いは一言こういいました。「怪我すねくてお互いいがったー・・・んだげんど、むごうの人、少し頭おかしんでね?思わねが?」まむちみも言いました。「この頃うがいずねー、バガタゲ(山形弁で「馬鹿長けている」=「とてもお馬鹿さんである」という意味です)。」

○正直、事故の加害者って、山形の場合「バガタゲ」が多いんです。どう考えても「信号無視」でぶつけたら、謝ろうが謝るまいが素人のまむちみでも信号無視した方の全面過失(ばっちり法定義務違反ですもんね・・・)だと予想はつくのに・・・なぜか山形の場合「謝ったら負け」と思っちゃうのか、保険屋のオプがなんとか7対3ぐらいにもっていってくれると思うのか、謝らない人が多いですね。最悪の場合、任意保険にも入ってない人がいます。こんなのにぶつけられたらほんとに運が悪いわけです。

○まむちみの友人に保険鑑定のオプがいます。「マスターキートン」に憧れてオプになった奇特な男です。漫画の世界はウソだった、と就職後すぐに後悔していました。その友人から昔こんな話を聞きました。「現地調査や証人証言、裏取ればウソはまずバレるやろ。謝ったほうが負けとか、ヤーさんとちゃうんやから。だいたいブレーキ痕の距離とか、そん時のゴム痕の強弱とか、ぶつけた場所の塗装のはがれ方とか、スピードと接触経緯を逐一こっちで調べつくすんやで。それでわいら飯食ってるんや。今の世の中データ出そろってまうんやから、何言っても物証あれば逃げられへんでぇー。」と言ってました。逆に「お互い怪我ないんやったら、早めに誠意みせて謝ってもうた方がエエんや。相手がエエ人の場合は、人身事故扱いせんでもエエ場合もあるんと思うんやけどなー。」とも言ってました。これはナルホドの意見でした。「でも・・どの道言えることは、運転下手なやつは運転せんで免許証を返したほうがエエんや。下手が人轢いて殺したら、そいつは人殺しや、と思うんやけど。」これも納得です。

○知ったふりして「謝るな、こっちが不利になる」なんて適当な生兵法を授けた人がいた、と考えます。そういう人に限って、それがかえって友人の言う「逆効果」になったとき、知らんふりして責任の一端も担がないものです。そんな場面を何回かまむちみは見てきました。特に山形の場合、農村に多いパターンですね。「知ったかぶりをしてるけど、実はなんにも分かってない無知なおじさんやおばさん」というのが親戚に必ずいて、トンチンカンなアドバイスをする、そこからややこしくなる場合が多いですね。たいてい事故だけじゃなく、あらゆる分野に精通するフリをします。一度などは、こちらがその本業であることを言わないまま、まむちみの業界の話題となったところ、どこまでも恐ろしいくらいまでに間違えた知識を「したり顔」で話続けていました。内心最初は苦笑いし、そのうち「よくここまで嘘八百をしたり顔で話続けられるものだ。すごい!」と変に感心していましたが、最後には「この人、やばくない?」と思いはじめました。周りに対する悪影響、という意味で危険度が高すぎますね。

○こういう人達は、一言でいうと「嘘も方便」という日本独特のナアナア社会をよく理解していないのだとまむちみは思います。
たとえば、A(行為)→B(結果)になった。このB(結果)が良くない。失敗した理由は本当はC(真実)なんだけど、D(ウソ)と説明しておこう、もしくは、C(真実)の一部だけ説明しておこう、といったもので、業界によってはタマに、また別な業界によってはほとんどこれでいっちゃってる、というやつです。

○たとえば出前のラーメンをとったけどまだ来ない、どうなってんの?の場合、ラーメン屋に電話すると「今出前に出ました!」と必ず返事がきます。A(行為)が「ラーメンを頼んだ」、で、B(結果)が「まだラーメンが来ない」、とすると、この「今出前に出ました!」はCでしょうか?ここでほとんどの人はC(真実)ではないと感づいています。「今出前に出ました!」はD(ウソ)で、大方の本当の理由、すなわちC(真実)は「注文を忘れた」もしくは「今作ってる」なわけです。ここでラーメン屋が「実はまだ作ってない!注文も忘れていた!」と堂々といえば喧嘩になります。この場合のDは「便利なウソ。お互いうまくいく方便」になるわけで、これが日本のいいところであり、悪いところなわけです。で、「しったかぶりのおじおば」は本当にDだと思ってるわけで、ここが問題なわけです。

○このラーメン屋の例はいろんなところに出てきます。たとえば商売や対人関係でも「ここはこういった方がまるく収まる」ところは、相手が損しない限り、ウソはつきたくはないけどお互いのためにDといいます。例えば、今時の肉食系にはこんな女性、いないかもしれませんが、相手の男のため、お互いの今後のために「好きな人が出来たから別れて・・・」なんてウソいって男を振った後、泣きじゃくる、みたいな素敵な女性(まむちみにも過去にこんな彼女1名だけいました。本当に素晴らしい女性でした。この場合振る方が振られる方の何倍も辛く、今でもこちらからなぜ振らなかったのか後悔しています。)、そのウソは実に美しいわけです。また例えば、マスコミなどはC(真実)の一部だけを報道し、その本質のある他の部分を報道しなかったりします。これにより、人は「ええ!あの国は反日感情強いの?」とか「へえぇ、あの国は親日なんだぁ」なんてイメージを見るものは持ってしまいます。外国に長期滞在した方ならわかるでしょうが、現実は全く逆だったり、そもそもそんな感情自体なかったりします。でもこれはウソの報道ではありません。報道した部分は真実で、どこを強調するかはマスコミ各社の自由です。「報道の自由」です。例えばニュースでよく耳にする近隣の国に日本を嫌う庶民の姿はありません。そんなことより、現実の今の生活は難儀であり、外国よりも自分の国への政策に興味を持っていて日本など二の次です。政府高官が何を日本に言ったのかなどどうでもいい、そんなことより今の生活の向上が先、というのが大勢ですね(当たり前か)。このあたりの国民感情を一番自分で勉強できるのはリュック1つで「地球の歩き方」を持って一人旅をすることで、彼の国の人と同じ部屋で飲み食いし、遊びながら飲みながら語り合って、(もちろん会話はその国の母国語でですよ。たどたどしく話してもOKです。向こうから教えてくれます。英語で話した時点で友情は「ただの付き合い」と化します)初めて彼の国々とその国民性を理解しました。ビジネスや政治レベルで相手国の高官や富裕層とあっても、その国や国民の真の姿を全く理解出来ないということは書くまでもないことですが、そこからの情報がそのままニュースになるわけで、現実とは大きく隔たります。

○長々と書きましたが、「この迷惑なおじおば」というのは、このDを頭にインプットし、理屈抜きの一問一答式、もしくはマークシート式とでもいうのか、まあそういううわべの間違った知識に凝り固まった人なわけです。TVや新聞での報道や商売人の言葉、そこで得た知識や話を100%信じてしまう。そこには虚偽があるかも、とか理由としておかしくない?とか、なんか匂わない?とか何も考えない。だいたい遠く離れた途上国が「親日」なんていっても、その国の国民は地図のどこに日本があるか分からない、そもそも字が読めない、日本はヨーロッパだと誤解、とか当たり前です。これも外国に行けばおのずと分かります。文盲率の多さや教育制度の普及は国によって差が大きく、日本と同じ尺度で物を考えてはいけないわけです。

○道徳感も違います。例えば日本人の場合、モノが盗まれた場合、盗んだ人が100%悪い、ですけど、とある国では「盗まれた奴が間抜けだから悪い。」になります。どっちにしろ盗んだ人間が捕まります。ですがそれをとらえる国民感情が、というか常識そのものがちがいます。日本の常識などガラス細工で作ったきれいな白鳥のようなもので、「パリンッ」と首根っこから、いとも簡単に粉々に砕けます。ちなみにまむちみの場合は日本人の美意識と道徳観を押し通したため、一部では多いに嫌われましたが、一部では「SAMURAI KID!」と尊敬の眼差しを受けました。また「もてる男の価値観の違い」のおかげでドイツ人の彼女が出来ました。まむちみの顔は「バタ臭い」ため日本人にはそれほどもてませんでした。ところが外国人、特に白人は平たい顔系より彫深を好むようで、「オリエンタルな彫深い顔がとてもいい」となぜかもてました。ちなみに彼女の方が身長も体重も上でした。ロシア人が彼女の時代もありました。なぜロシア人は若い頃あんなにきれいなのに年をとるととても迫力ある体型になるのでしょうね。ロシア人は白人独特の体臭があまりきつくなく、肌も白くてきれいです。ちなみにやはりこの娘も身長はまむちみより大きかったですね。海外に行くと言いなりになる日本人が多い中、大いにジャパニーズで通しましたが、その方がうまくいきました。でも中国だけは・・・何でも「メイヨウ!(没有)」攻撃にはマルボロを渡すしかありませんでした(メイヨウ=「ないよ!」という意味。商品が目の前にあってもメイヨウ。ニギニギを待ってます。ホテルすら取れない。外人料金払うの癪でしたから・・・でもちゃんと足元を見てくる。ロビーマンが言う「外国人だ!」。でもタバコ一つで「よく見りゃ中国人だ!」。この切り替えの速さ、すごすぎます)。中国では逆に日本人と似ている感覚のためか、「オリエンタルな顔」は西域人に似ているためか、警戒の眼差しすら受けました。このように美的感覚も違うわけです。

○他国の政府の一部の高官あたりが昼飯の時、「今度日本に行ってみたい」と社交辞令でいった一言が親日になる場合もあるわけです。そんな国情を思い浮かべれば「ウソも方便」が見えてきます。

○「何も考えずに信じる」のはもう一つ理由があります。それはこれまで「ウソも方便」の現場に身を置いてこない、だまされ続けて、言いくるめられて生きてきた、という理由の他、「資本主義にありながら競争原理の中に身を置いてこなかった環境」があります。だから山形の場合、水稲農家に問題のおじおばが多いのも事実です。口癖は「補助金」です。販路を持つ努力をせずJAに出荷し、国はいつまでも今のまま救い続けてくれるとひたすら信じています。今まで守ってくれた日本の企業群は今昔ほどの破壊力を持ちません。自分の身は自分で守らなければ、と一番気づいて欲しい層ほど何もせず、より発展するのは大きな農家ばかりですね。

○ちなみに大農家の方はほぼ皆さんとても勉強されてますね。ビジネスマン顔負けの商魂も持ってます。こういう方に限って腰が低く、知ったかぶりもしません。紳士な方が多いですね。日本の農業の将来を担う方々はオーラが違います。同じ農家でこんなにちがうものか、と考えさせられることがあります。かたやスマホで県の共有財産の売買情報、農産物の市場価格を見ている直売販路を持つ大農家。商品コンセプトや作付配分、圧縮できない原価の悩みなど極めて経営チックな話題となります。その脇で地域の噂や極めてローカルでマニアックな悪口を言いながら、雨乞い儀式のように真剣に補助金の種類と手間の話をする100%JA出荷の農家。話題も人物のスケールも雲泥の差です。

○ともあれ、「生兵法は大怪我のもと」とは言ったもので、実際体験した、もしくはその分野の法律に精通している、またはその分野に従事している場合でない限り、「法律」に関わる変なアドバイスをすると、周囲が大きなリスクを背負いますね。でも言ってる本人は至っていい気で無責任なもんだから救われない・・・本当に困ったものですが、よく見る山形の風景ですね。

○長々書きましたが、話を戻します。この頃ぶっちゃけ「運転がへたな方」が増えたと思います。車の性能の良さがかえって逆効果かと感じます。「重ステのMT車に3年は乗ってからATに乗ることを義務化」とかしてもいいんじゃないかと思ったりもします。少なくとも「AT限定免許は廃止すべき」と思うまむちみでした。


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たばこ税から震災、そしてなぜか国のあり方について考えてみた

○今年も4月から一部たばこ税が値上げですね。ゴールデンバッド210円→250円と約20%上げです。安いタバコを狙い撃ちしてますね。これはみんな安たばこに走ってるから「そこも逃さんぞ!」です。普通の銘柄やっちゃうと「毎年増税かよー!能無し!他に取るとこ考えられんのか?」と言われるのがいやだからですね。でも1年肩すかししたら2017年は一気に500円台にのせてくると思います。

○ところで過去5年、実はこれだけたばこ税を上げても税収はほぼ横ばいなんですね。なんでかっていうと、毎年高くなるんでみんなタバコやめちゃうから。で、まむちみも500円になったらさすがにやめます。これ以上国におつきあい出来ません。「君には尽くしたつもりだけど・・・でももう別れよう・・・」こんな感じですね。すると財源自体なくなりますね。今度は酒税でしょうね。全く「能無し」ですね。ここで問題は税財源そのものを失うということです。賢くありません。

○「なんで不要な部分の補助金切らないの?政治家の票取りのバラマキやってる場合?崖っぷちなの分かってる?なんで公務員整理しないの?1000兆円超える赤字国債が微々たるたばこ税でまかなえるの?アベノミクス失敗したらやばくない?国債はいつ紙切れにするの?そうなる前になんで腐った根幹の部分を変えんのよ!」というまともな正論が言えない時代になりました。「健康志向」とか「嫌煙」とかいう大義名分の前には喫煙者は甚だ弱い。タバコ税の頻繁な引き上げや年金制度は、もし民間がやれば、「高額搾取詐欺」と「違法マルチ商法」で警察に捕まりますが、政府がやると合法行為です。マキャベリ曰く「官僚主義を打破できるのは官僚主義でしかない。」プラトン?アリストテレス?とにかくギリシャの哲学者曰く「最悪の政治形態は衆愚政治だ。」なっちゃってます・・・日本。しかもバッチリ。正論をいってるTVの評論家が次の週はもう出てこれない。なんとなく差しさわりのない庶民に気を使います、でも結論はありません、ってことをいう、その場限りの「なんとなく正論評論家」がレギュラーになる。で、コメンテイターも過激な意見には割って入って止める。かつての「朝まで生テレビ」のような番組は、今やれば危険極まりないテロリストTVになってしまう訳です。

○建前だけでも正義を振りかざす側にいなければならない国や官公庁は、たとえ人非人呼ばわりされても、責任を他人に転嫁し自己正当化する必要がありますし、そうしなければ国が成り立たないですね。今までもずっとそうしてきましたし。例えば震災時の原発問題がそうでした。結局東電だけが悪者。「政府にも認可責任やメルトダウンのこと言わなかった責任あるでしょ、なんで攻める側にまわれるのよ、謝罪する側なんでしょ、ほんとうは。」というのが我々の考え。でもどさくさに紛れて東電をいじめて逃げましたね。完全な責任転嫁。で理由は「専門家でないから原発の仕組みなんて分からなかった」「メルトダウンって言ったらパニックになったろう、だから言わなかった」これが逃げ口上。ある意味しょうがないのかな、と理解はできます。でも、あまりにも・・「無能」で「逃げ過ぎ」。もっと言えば「逃げ下手」ですね。これもホンネ。

○我々庶民にも「バレバレの逃げ方」だから政治がうまくいかない。やるなら頭使って今まで以上に狡く、さも本当だと思われるようなウソをつきまくって逃げるしかない。「どうせ国はウソついて逃げるしかないんでしょ。それが国の建前ってもんでしょ。」という現実を我々も心の中では分かってるわけですから、徹底的にごまかしたほうがうまくいく気がします。みんな知らないふりをしてくれます。それが「大人の対応」です。もしくは逆に良心の呵責に国が本当に耐えきれないのであれば、初めから責任転嫁はしないで東電と一緒に責任取る手もありでしたね。その方が「あの地震は特別だったんでしょ。」って国民がフォローして救われたかもしれません。

○まむちみもあの時は生まれてはじめて、2日連続でロウソクで日常生活を送りました(キャンプではありありでしたけど)。あの凄まじい揺れの中、「死ぬー、みんな死ぬぞー!」といった同僚の叫び声を忘れられません。その頃まむちみは2階で倒壊物をよけながら塵取りとほうきで掃除をはじめていました。それを見たみんながこう怒鳴りました「お前、命知らずもほどほどにしろ!」。山形市でもそれほどの揺れでした。電気も信号もなにもかもすべて止まりました。当然山形が震源だと誰もが思ったほどの揺れでした。ガラスは飛び散り、額縁の絵が落下し、飾りのこけしが散乱してました。机の下に隠れてもらったお客がモゾモゾと立ち上がりはじめた頃、上司の1人が私にいいました。「お前、度胸あるんだから地下見てこいよ!」と。それは細いコンクリートの支柱で支えられた不安定な場所。下手すれば再度の余震で倒壊して生き埋めになる可能性がある所です。彼が非常時には本当はそこを見回る役目でした。今、彼は出世コース1番乗りですが、当時を知る者は「人非人」と呼んでいます。地下に行き、非常用電源装置を操作するまむちみの隣に直上司が懐中電灯持ってきてくれました。説明書を照らしながら彼はこういいました。「お前だけ死なせんぞ!俺も一緒だ!」どこで起きた地震なのか、余震はあるのか、被災地の状況はどうか何も分かりません。でも、人間の嫌なとこ、いいとこ、見せてもらった気がしました。震災の時の特に太平洋側の人は、多くは語らないけど、結構こういういやなとこ、見たんじゃないでしょうか。心の傷って身内を亡くした、故郷を亡くした、だけじゃないんじゃないかと。愛する人との別れの悲しみは時間が解決してくれます。また、故郷をなくしても、人はどこでも楽しく生きられます。知らない土地も「住めば都」です(まむちみも生まれた家はもうありません。でも「いい思い出」として心に残ってます。それで十分です。)。でも彼らがつらいのは、心の中で消せない「見たくなかった人の醜さ」をみてしまったから、かなあと推測します。多分誰にも話していないと思います。これが1番重いと思います。この世はいい人ばかりじゃない、特に若年層がそういう現場を見れば相当のショックだろうと思います。

○話を戻します。「ウソが下手です、でもズルしたいです。」ではなかなか意をまとめるのは難しい。社会人はみな大人。ある程度は国民を信じてもいいと思いますね。それより、今後はもっと国益上の施策を考える必要がありますね。その知恵も出せそうなんですけどね。人材もいるし。たばこ税の姑息な引き上げを考えてる場合じゃありません。カッコ悪すぎます。イケてません。もうちょっと日本は、毅然としてもいい気がします。言い成りはかえって相手を強く出させる原因となります。簡単にいえば今以上になめられます。対外的に強くなれれば自然とこの国もうまくいく気がします。


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山形県にとって宮城県はとても大事

○昨日は仙台に行ってきました。家族サービスです。そして名物の牛タンを食べました。

○仙台は大きな街で、山形からも近く、山形市民はよく遊びにいきます。家も例外にもれず、たまに仙台に買い物に行きます。

サクランボ
(L玉佐藤錦。山形産ではまずまずのさくらんぼです。妻も選果の手伝いしています)

○写真のようなサクランボが普通のサクランボ。で、仙台で山形フェアやってたのでのぞくと、イヤー、色つや最悪、S玉ですね。日も摘んでから大分たつヘナヘナしたやつ。それを1パック500円とかで売ってる。農家が出荷時はじくクズ玉です。あれはダメですね。誰だろ、「仙台人相手だし、サクランボの良し悪しなんてわがらねべぇ。」と思って騙し売りしたのは。評判が落ちちゃいます。

○このブログで書きましたが、伊達政宗は米沢人。つまりあの街は山形人が作ったわけで、山形の人はどこかで仙台を「山形の植民地」だと思ってる人がたまにいるわけですけど、山形で商売に苦しむと仙台で成功するパターンが多いのも事実。

○例えば、仙台名物の牛タンも山形人の創作。戦後、GHQが山形県東根市の神町に駐屯し、大量の牛肉を消費。捨てられるはずの「舌」を焼くとうまいと知ってた山形県河北町の人が仙台で売り込み、「牛タン焼き」としてヒット。現在では仙台のソウルフード=牛タン焼きとなりました。山形で売れば「廃肉売って金取るのか!」といわれますが、仙台ではうまけりゃ廃肉だろうがなんだろうが売れる、というわけです。仙台の人は「明るく朗らかで社交的」と言われ、なんでも「いいもの」は受け入れます。排他的な山形人の気質がない。だから牛タンもヒットしたわけです。関係的には仙台がアメリカだとしたら山形はイギリス。「独立して歴史が浅い旧植民地」という感情がどこかにあります。

○そんなこんなで、スーパーをはじめ山形県の多くの企業が仙台に進出。ウチの会社もそうなんですけど「仙台は儲かる。山形みたいに閉鎖的でないし塩辛くないから商売が楽。」と宮城の地場産業を押しのけ食べています。

○でも、と私は思います。あんまりなめてると、必ず痛い目を見るんじゃないかと。サクランボをひとつとってもそうですけど、誠意なく「植民地だから」ってひどい品質のものを売っていいわけじゃない、と思います。百万都市は地元じゃ売れないものも売れます。いろんなニーズがありますからね。でも、いつまでも植民地じゃない。仙台は仙台の力があります。東北の中心なわけで、事実私も耐久消費財の大きなものは結構仙台で買ってます。山形の購買力そのものが仙台に取られてしまってるんじゃないか、と考えます。休日山形市で買い物するのは郡部の人。山形市民は少なからず仙台で買い物をします。よってその利益は仙台が取る。うまく使われてるのは山形人だと思います。

○山形県の経済は今は宮城県、というか仙台市がなければ成り立ちません。もっといいものをちゃんとPRして、品質のいいものを売らないと、そして少数派ですけど根強く残る「植民地」観念を捨てないと、大きくしっぺ返しを食うんじゃないか、と少し心配です。もっと山形人は仙台市、そして宮城県を大事にしないといけませんね。


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学校説明会 

○今日は子供の学校説明会のお伴です。山形東という高校を見学します。昔はこんなのなかったんですが、最近は高校が受験生に学校を見せるんですね。で、教室や机を見る機会に恵まれたわけですが、「あの頃は夢も希望もあったよなあ」なんて思っちゃいました。息子はここを気に入った様子。理由を聞くと「自由だし、私服登校でいいし、変な人多そう。楽しそう!しかも・・・おとうですら入れた高校だし!」・・・(こいつ、都合のいいとこばっかり聞いてたのか?)と唖然としますが、そこは息子。私と似てるんでしょう。のんきなものです。

○山形東高については3年いたので「山東の卒業生じゃない、でも子供がそこそこいい感じなんで進学させたい」という方に少しだけ情報を。ただし今から30年も前の私の経験なんで、話半分で読んでくださいね。

○今日、私の隣に座った教育ママっぽいご婦人、「塾で難しいコースに入れないと」、とか「テストいっぱいさせないと」とか話してましたが、そもそも間違いです。大体高校は子供が選ぶものです。さらに、私の頃もそうですが、ここの高校に入る子は一度も塾通いなんてしたことがない子が大半だと思います。塾や進学中学に入ってドーピング、思いっきり背伸びして「無理して入学」・・・その末路は「授業についてけなくなって3か月で落ちこぼれ」です。「みんなに俺だけついてけないよお・・・なんでだよお!」といいながら顔を覆い悔し涙を浮かべられても、何もしてあげることができなかったです。中退した同級生が知ってるだけで3人いました。プライドが高い子ほどやめます。「中学校の授業のみ」で入学できる子でないと先が苦しい高校ですね。学力に下駄を履かせて入れると子供が不幸です。

○あと、頭が良くても「がり勉」で「普通」の子にはつまらない高校生活になります。「オタクって、キモい。でもそのノリがたまらない人」にはお勧めです、というのが正解かと思います。基本変わってる子が多いです。自分を愛するエゴ君が多いです。お山の大将の集まり。あと、今は大丈夫かもしれませんが、女性には厳しい高校です。理由は簡単。偏差値が落ちるからです。男子生徒に学力的においてかれる場合が多いです。だから「進学中学出身者と女子生徒は正直いらん」と教師に言われる高校でした。今は昔ほどキツイ教師がいないかもしれませんが、該当者は多少の覚悟が必要です。昔は今ほど女子生徒がいませんでした。いてもなかなか美人な子は・・・失礼、聞かなかったことに。今はかわいい女子生徒が多いみたいで、私としてはうらやましい限りです。

○ちなみに私も「かなりの落ちこぼれ」でしたが、田舎中学校出身ということでなぜか教師達から愛されました。つまり、「有望」と見られたわけです。結局最後まで「落ちこぼれ」だったわけですが、授業で廊下に立たされたのを好機にパチンコ屋に潜り込み、教師が横で打っていたのも知らずドル箱をあふれさせ、いつの間にか「お前なにやってんだあ!」と隣からドつかれ、教師にドル箱取られた挙句往復ビンタがとんでも(あのドル箱のあがり、どこいったんだろ・・・)なぜか「愛され続け」ました。そんな感じで「田舎の原石」は磨けば光る、と思われる反面、「ドーピングしてきた子にはつらく当たりがち]な傾向が強かった、という感触でした。

○ちなみに私の場合は子供の受験に対する注文は1つだけです。「私立高校はない。金がない。受かっても入れない。」ちゃんと言うこと聞いて、県立だけにチャレンジしようとするけなげな息子がいます。

○受験って大変ですよね。子供の教科書見せてもらいましたがチンプンカンプン。「難しくなってません?今の中学教育」と思う本日でした。


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KAWASAKI、もうちょい頑張って!

○グラスホッパーこと我が愛車、250TRのエキパイがサビサビです。さらにタイヤがツルツルです。ブレーキもスカスカです。さらにキャブレターのダイアフラムは裂け、接着剤で止めてます。最高に満身創痍。オーナーは貧乏。金はない。「また補修か・・・」タイヤ交換だけは自分では無理と考え、バイク屋に引っ張っていきました。

○12年たったおじいちゃん。「売ろうか・・・」と思いましたが、どうしても手放せないんですね。

250TRと海
(思い出深いお友達なので売れないんです)

○エキパイは純正品を買います。なぜか市販品より安いんです。半額で買えちゃう。250TRのじゃなくて「エストレア」というバイクの部品を買います。同じエンジンを載せたカワサキのバイクです。TRはもう売ってませんが、エストレアは現役で、部品をかなり流用できます。

○「エストレ様様だねー」とインターネットで注文してたら、なんということでしょう!「エストレアがスペシャルエディション」・・・つまり製造やめちゃうんだと思います。この頃はスペシャル→ファイナルときて製造中止がカワサキの流れ。「やばいぞこれは。スペア類、今のうち入手しなきゃ。」と焦ります。すると・・・「あれ、W800も終わっちゃうんだ!」と知りました。こっちは完全にファイナルエディションです。大々的に縮小するんでしょうか。

○バイク屋さん曰く「今の若者はバイク買わないよ。買うのは中高年のリターン者ばかりだ・・・こんな楽しい乗りもん、ないんだけどねえ。」スマホでゲームするのもバイク乗り回すのも基本オタク行為だけど、バイク乗ってた方が健全な気がする、というと「どうかねぇ。価値観がかわっちゃってるからねえ。それに若い子は給料も安いしバイクは高くなってるし。」とのこと。「バイクは危ない、乗る人はガラが悪い、の印象がいつまでも抜けないねえ。」

○バイク乗りに悪い人はいない、と思います。みなさん気さくでいい人が多いです。だいたいは自然と自由を愛する人です。この頃は若い頃に憧れたんでしょう、ハーレーを転がす老人が増えました。また昔を思い出すのか、リッターバイクでやたらぶっ飛ばす中年もいます。みんないい人だけど誤解されやすいですね。バイクは威圧感があります。特にこの頃のバイクはやたらと目がつりあがって攻撃的なスタイルしてたり、マフラーがいい音(好きじゃない人には騒音)しちゃったりします。誤解を受けるわけです。でも、ライダーさんに話しかけてみてください。またがるバイクとは正反対の「いい大人」が多いんですよ。

○私もハーレーは好きです。一度乗りたいです。でもみんな乗ってるから新鮮味がないので買いません。例えばスーパーカー。「あっ、ランボルギーニだ!」なんてたまに見るから目立つ。いつもランボルギーニが農道たくさん走ってたら気にもしなくなる。山形の田舎道でもハーレーにはワゴンR並みに頻繁に出くわします。「一番登録台数多いんじゃないかなあ」と思うくらい見かけます。

○リッタースポーツバイクも一度乗りたいです。でもみんな乗ってるから「いつでも買えちゃう。いっぱい種類あるし。」と感じます。これもマンネリ。それにあのスタイル、威圧感も強く、バイク好き以外はひきますね。

○そこにいくと「エストレア」とか「W800」っていいバイクだと思います。威圧感なんか皆無。ドコドコ音を奏でるのんびりした走り。レトロで希少な空冷エンジン。上品なクラシックスタイル。W800、私も金さえあれば今すぐ買いたいくらいです。多分こんな名車なかなかないです。少なくとも姿形は日本で最も美しいバイクの一つでしょう。廃版後、すぐにプレミアムついて値段跳ね上がっちゃうんだろうなあ、と思うと、乗車用と、転売用と、2台くらい買いたいですね。生産終了になるのを知ってたらSRじゃなくW800、買ってたかもしれません。SRも結構な美人さんですが、いつでも買えると思えばW800買いでしたね。

○欲しいバイクがまた1つ減りました。カワサキの単気筒と2気筒の味があるバイク、これでなくなっちゃったんじゃないでしょうか。ハーレー買うんならW800買う方が目立つし上品です、って私は思います。売れなかったんだろうなあ。

○50過ぎたら、ロイヤルエンフィールドかトライアンフに乗りたいですね。W800もエストレヤもどことなく英国車風でした。上品でおしゃれで、服装にも気を使うバイクなんで、乗ってると若くいられると思います。

○バイクを性能と快適性だけで選ぶなら、みんな迷わずホンダ車を買うと思います。でも、なんでみんな、ハーレーなんて重くて遅くて古臭いバイクに乗るんでしょうか?それは、ライダーの多くが性能とか快適性なんて2の次だと考えるからだ、と私は思います。「バイク乗ってて楽しい!」それがすべてですね。ハーレーは遅いけど、あの図太い耕運機のようなエンジン音と鼓動、ピカピカ光まくるメッキ塗装、これでもかっ、というくらいのメタボボディ、それがたまらないわけです。そこが車との違いであり、だからこそ、バイク乗りは年を食ってもずっとバイクに乗り続けるわけです。

○カワサキのバイクはよく壊れます。自分で直していくうちバイクとつながります。バイクの知識も素人ながらに増えます。スピードが遅くてもエンジンが「俺頑張ってるよ!」と訴えてきます。TRはちゃんとオーバーヒートするし、走行中「カラン」とかどっかの部品が落ちちゃうこと良くあります。それでもなぜか平然と走ります。思わず口元が緩みます。「お前は~!」とかいっちゃいます。かわいいんですね、カワサキ車って。私だけでなく、そんなバイクだからカワサキが好き、っていう人、結構いるんじゃないでしょうか。KAWASAKI、もうちょい頑張って!


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