メタボルマン

旧奥州街道を歩く 草加宿~粕壁宿

〇昨日は6時に祭りの余韻が残る草加宿を出ました。

草加のせんべいや
(草加と言えばせんべいです)

〇朝っぱらから開いてる店はありません。綾瀬川沿いに北上を開始します。

草加松原
(草加松原です)

〇昭和51年に草加市民の手で復活させた草加松原。美しい旧街道がよみがえっています。早朝マラソンやウォーキングを楽しむ人が大勢いました。

〇「月日は百代の過客にして行きかふ年もまた旅人なり」奥の細道の序文が刻まれた碑があります。芭蕉が生きた時代、白河の関を越える旅は生きて帰れる保証がない、というイメージがありました。彼も家を払い死出の覚悟で、今でいう「るるぶ」を刊行し「じいちゃんも行ける陸奥!その魅力に迫る!」を執筆しました。「奥の細道」です。その名文と名句は多くの江戸庶民を松島の月に、象潟の雨にいざないました。特に有名な山寺のくだりとその名句は、現代に生きる私が読んでも感慨ひとしおです。

越谷入口
(7:30 越ケ谷宿入口)

〇武蔵台地の麓(腰)にあたる低地(谷)という由来から腰谷→越ケ谷と転訛したそうです。ちなみに通ってきた草加も、もとは沼沢地だったんですが、ここを迂回するとえらく遠回りになると、家康が草を沼沢に投げ込み、足場をならして通行したそうで「草加」になり、のちに奥州街道が作られたそうです。こんな感じで東京近郊の地名の由来、結構面白いです。

越谷宿
(越ケ谷宿を通過)

〇とても蒸し暑く、この日の給水は6リットル。それでも体重はほぼ一定。私の体の水分の15%くらいが入れ替わったような気がします。背中とTシャツの間にタオルを通しますが、それもずぶぬれ。妻から電話が入ります。「台風来てるって。」「なに、許可した覚えはないぞ。」「あなたはファラオですか?とっとと戻ってきなさい!」

〇午前上がりで急遽帰ることにしました。この間も台風で休暇予定が狂ったし・・・ここ数年、歩き旅してるんで分かるんですが、天候の明らかなおかしさを肌で感じます。そのうち日本も人が住めなくなるんじゃないか、とどっかで思う私です。蒸し暑さ、気温の上昇が半端ありません。しかも年を追うごとにドンドン常軌を逸している気がします。

〇20分に1回の休憩を入れます。歩き旅の人の数も減りはじめます。

粕壁入口
(味気ない道が続きます)

〇粕壁宿は春日部市。もともとは春日山田皇女の部民が入植し「春日部」であったものを江戸時代に「粕壁」と表記、近年もとに戻して「春日部市」。ややこしいです。

粕壁本陣
(粕壁本陣)

東武春日部駅
(東武春日部駅でゴール)

〇「のはらしんのすけ」の街、粕壁宿。日本橋を起点に奥州街道4つ目の宿場です。TVに出てくるデパートとか住宅街とかの案内でもあるのか、と探しましたが見つけられませんでした。クレヨンしんちゃんグッズをお土産にしたかった私のあてが外れました。

〇本日の散歩5時間半。散歩距離28Km。台風のため切り上げです。東武からJRへ乗り換え、山形の我が家に帰宅したのが22時、10時間の鈍行旅でした。

〇このあたりは都市化が進み、奥州街道風情はありません。また、ここから先も4号線沿いの旅が続きますので、粕壁から先は自転車旅に切り替えてもいいかなあ、と思います。東武鉄道沿いなので交通至便、散歩はしやすいです。


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